大学は田舎の地方の国公立大学の建築学科に入学した。
正直、都会の華々しい大学生活とは程遠い生活をしていた。
どこの大学も共通だと思うが、建築学科は、
通常のレポートのような課題ではなく、あるテーマに沿った設計課題が与えられる。
これがものすごく大変である。大学生活ですでに、深夜まで設計に没頭し続ける日が何日も続く。
特に設計課題提出の3日前ともなれば、クラスの大半が徹夜し、作品作りに力を費やす。
私の大学は田舎であるが故に、周りに刺激物がなく、結果、建築に真剣に向き合い、努力することが当たり前の環境があったと感じている。
【真面目に、真剣に物事に向きあう】という姿勢は、社会人になっても通用する姿勢だと私は考えるが、
それに磨きをかけられたのは、そんな田舎の大学であったからこそである。
私の高校は国公立大学など全く入れないレベルの頭の悪い学校。
浪人までして何とか入った大学。
入学して、同じクラスのメンバーと話をすると、頭が良いのはすぐに察したのを今でも覚えている。
使っている言葉や、よくわからない横文字言葉、話し方等、「こいつらやっぱり進学校出身だな」と正直思った。
でもそんな中で私は努力することでしかそいつらとの差は埋められないと思い、設計課題やそのほか構造計算などいろいろな科目で努力を続けた。
その結果、いつの間にかクラスで成績トップとなった。
ポテンシャルは私のほうが低いのは明らかであったが、真面目に、真剣に物事にとり組むことで、
ポテンシャルを乗り越える力を手に入れることができるということを大きく学んだ。
努力は無駄にはならない。努力した先に見えてくるものがある。
努力しないと回り道ができない。回り道をすると全体像が見える。
全体像が見えれば、努力のベクトルをどこに向ければよいかが分かるようになる。